2009.05.04 Monday 23:58

Rera

レラ2
今日も天気が良かったので、母と二人で千歳アウトレットモール・レラに行ってきました。
レラ1

目的は、カシオのGショックの価格調査。オークションで見つけて欲しいなぁと思っているものが、アウトレットでいくらになっているか、質感はどんなか、実際に見てみたいなと思いまして。

千歳に入るまではたいした渋滞もなく、順調にレラに近づいたのですが、駐車場まで数キロのところで突然の大渋滞。結局、駐車場にたどり着くまでに40分くらいかかりました。

駐車場内は車だらけ、ようやく空いた所を見つけて停めて、中に入ったら今度は人だらけ・・・こんなたくさんの人が、いったいどこから集ってきたんだろうと思うほどの賑わい。しかも、手に手にあちこちのショップの袋を持って歩いていて・・・不景気、不景気と言っているけど、どこが???

私と母は、その人の波にぶつからないように注意しながら、寄り道もせず目的地のカシオに向かってまっしぐら。しかし、残念なことにお目当てのモデルはなく、それに代わるほど気に入ったデザインもなく、がっかりして店を出ました。あとは駐車場に戻りながら数軒のお店を見ただけで、結局なにも買わずにレラにさよなら。

帰りがけボストンベイクでサンドイッチを買って、給油して、セブンイレブンで杏仁豆腐を買ってから帰宅。夕飯はそのサイドイッチと杏仁豆腐、食後は韓国ドラマを立て続けに3回分見ながら過ごしました。今、見てるのは「春のワルツ」・・・全20回分のうち10回目まで見ました。ジェハのピアノが素敵です。

腕時計を探している理由は、今の時計をぼたもちが「これはどう見ても百均だよぉ」と言ったから・・・というのは言い訳で(笑)、自分でも実際、失敗したと思ってるから。ラッキーなことに手元に商品券がたまったので、それを使えるお店に気に入ったのがあればいいなと思っているわけなのでした。

連休も明日でラスト。予定していた大学時代からの親友Mとの連休恒例デートが、彼女の親戚の不幸で中止になったので、ヨドバシかビッグカメラあたりで腕時計探しの旅でもしようかと思ってます。映画もしばらく見ていないので、母と見に行けたらと思ってます。

皆さんも、残り少ない連休を笑顔でお過ごし下さい。
  • - | - | - | - |

2009.05.03 Sunday 02:07

極楽へ行ってきました

朝から晩までの連休が今日から始まりました。

ここ数日、上手に眠ることに失敗し続けていたので昨夜は努力してちゃんと寝て、お昼くらいに起きたら右目の奥から頭が痛くて鎮痛剤を飲んだのに夕方過ぎまで痛いまま…それでも、母と中央区まで買い物に行き、懐かしい桑園ジャスコで390円のTシャツをゲット。

一時帰宅してジャスコで買ってきた押し寿司を食べてから、だいぶ前にオーナーからいただいた回数券で美しが丘の「極楽湯」に行ってきました。

銭湯に行くのも久しぶりなら、手足を伸ばしてお風呂に入るのも久しぶり。ぬるめのお湯に全身が浸かった瞬間、思わず「気持ちい〜ぃ」と叫んだあと、なんだかありがたい気持ちになって涙が出ました。露天風呂も見に行って、見ているうちに寒くなったので慌てて入って、岩盤浴とかもあったみたいだったけれど満員だったのですぐに中に戻り、母と背中の流し合いをしてまた少しお湯に浸かって出てきました。

出てすぐに体重計に乗るのが習慣になっているので量ってみたら、ここ数年で最低の数字…この体重計、少なめに出る?と母に乗ってもらったら若干増えてるとの返事。ということは、私ってば痩せちゃったみたい!!でも、理想体重よりやや少ないので、がんばって食べなくちゃなぁ。

身支度を整えて出てきたところに「旬屋」があって、何か食べようかと思いましたがさほど食欲もなかったので、母はソフトクリームを食べて、私はリンゴ酢の水割りを飲みました。風呂上りのリンゴ酢、めっちゃうまかったです。

極楽湯を出るとベガス・ベガスのゲームセンターがあり、ぐるっと回ってみたら「リサ・ガス」のUFOキャッチャーがあったので、久しぶりに財布から200円だけ出して挑戦。すると、なんと最初の100円だけで取れちゃいました〜。
リサ

かわいぃでしょー。リサが大好きな母にプレゼントしました。母の日も近いことですし(安っ)。

その後、母がどうしてもやりたいというので、太鼓の達人を二人でやりました。最初の1曲は「普通」モードでやって最低レベルでも母がクリアできなかったので、2曲目は「かんたん」モードでやってみたら次々クリアして4曲目まで叩けました。はい、ゲームオーバー、帰ろうか…とバチを置いた母の手のひらを見ると、なんと皮がむけて出血しちゃってました(苦笑)。何をそんなに必死になってるんですか!!と、二人で大笑いしながら車に乗り込んで帰ってきました。笑ってはいましたが、途中なんども傷を気にしていたのはかなり痛かったからなのでしょう…。

回数券があったのでタダで入れちゃった極楽湯、通常は700円の入浴料がかかるみたいです。でも、たまにはまた母を連れて行ってあげたいな、と思いました。

UFOキャッチャーだけでも楽しめそうなので、ゲームセンターをお探しのあなた、一度行ってみてはいかがですか??大きなラメ仕立てのスヌーピー、大きなリサ・ガス、チョッパーの座椅子?みたいのもありましたよん。
  • - | - | - | - |

2009.04.17 Friday 02:37

初恋の人からの手紙

まろろんのとこで読んで面白かったんで、探してやってみたら個人的にはバカ受けでしたね。でも、あえてコメントは避けておきます(笑)。勝手に分析してくださいませ。

やってみたい方は ⇒ http://letter.hanihoh.com/



初恋の人から裕美ちゃんさんへお手紙が届きました。

裕美ちゃん、ひさしぶり。
もう肉じゃがぐらいは作れるようになりましたか?「肉じゃが作れば女らしいんでしょ」と一人でキレていた裕美ちゃんがなつかしいです。

喧嘩が増えてきて、裕美ちゃんが「もっと大切にしてくれる人と付き合う」と言い捨てたあの日から、もう28年が経ったんだね。月日が流れるのは早いものです。

あ、そうそう、手紙を書いたのは何か理由があるわけではないんだ。ただなんとなく学校の前を通ったらなつかしくなって、思いつくままに書いてみようと思い立っただけ。驚いたかな。

思い返してみると、いつも恋愛の主導権を握っているのは裕美ちゃんのほうでしたね。ときどき告白される裕美ちゃんに対し、女子と接点すらほとんどないおれ。裕美ちゃんがいつも「私たちは束縛とかしない自由なカップルでいよう」と言っていたのは、おれにとって、ほとんど「いつでも別れるぞ」という脅迫のようなものでした(苦笑)。今でもその場面が夢に出てうなされます。

あ、そういえば裕美ちゃんからしてみれば、おれは初恋の相手なのかな?付き合った当初はやけに裕美ちゃんが不安げだったのをよく覚えています。「手はつないだほうがいいの?」「週に何回会えばいいの?」って、正直うるさい(笑)

付き合い始めのころ、裕美ちゃんは平気で「いつか結婚してあげてもいいよ」などと言っていましたね。あまりの強気(意地っぱり)に唖然としたけど、その気持ちは嬉しかったものです。今でもその話は有効なのでしょうか。

全体的に言えば、おれは裕美ちゃんと付き合えてよかったと思っています。だいぶ自由人な裕美ちゃんに疲れたところはあったけど、おかげでかなり精神力が鍛えられました。

いろいろ書いたけど、おれは裕美ちゃんが大好きでした。これからも裕美ちゃんらしさを大切に、そろそろサインペンでアイライン描くのはやめて(笑)、新しい誰かと幸せになってください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. おれの歯がくさいってみんなに言いふらしていると聞きました。本当ですか?

【短評】
性格としては最も男性に愛されやすい。素直さがあり、甘えるのも得意。ただし相手によっては振り回され疲れる。

【あなたの恋愛事情を考察】
裕美ちゃんは、最も「女性らしい女性」と言えるタイプに分類されます。男性との心の壁があまりなく、時と場合によって上手に人に頼ることもできます。悪く言えば主体性に欠けるのですが、周囲の人から愛されやすい人柄であると言えるでしょう。

ただ、好きな人に対して一心不乱すぎて、相手の一挙手一投足に影響を受けやすく疲れることはないでしょうか。甘えすぎて面倒くさがられたり、逆に「強くならねば」と思っても何か自分で無理しているところがあったりして、どうしていいのか分からなくなってはいないでしょうか。

本当は強くなる必要などなく、むしろそのままのほうがずっと魅力的なのですが、方向性を間違えると「らしさ」を失ってしまう危うさを抱えています。

ここから言える、裕美ちゃんにありそうな問題点を列挙します。

◆なぜか「人の気持ちを考えない男性」を引き寄せやすく、振り回されやすい。
◆自分の課題は「強くなりしっかりすること」だと誤解している。
◆別れるたびに次の恋愛に恐怖し、強さを自分に求め、素直さを失っていく。
  • - | - | - | - |

2009.04.05 Sunday 23:19

卒業式

この約1ヶ月の間、私の体は得体の知れない不調感に見舞われていました。体のどこかにその不調の元が潜んでいると思い、頭痛もひどかったので、最初は職場の隣の脳外科へ。約1万円も検査代がかかったMRIの結果は、「脳梗塞の跡が2箇所ある」という予想を遥かに超えたものでした。細い血管の、数年前に出来た傷のようなものだけど、年齢から考えてもそう起きることではないので、血管の精密検査をした方がいい、と約1ヶ月後に検査の予約が入りました。

父を始め、父方の親戚が知っているだけで4人も脳血管の病気で倒れているので、体質が遺伝しているかもしれないと思うと恐くて、ただ、緊急を要する症状ならば医者は即刻入院をさせるだろうし、1ヶ月も検査を先延ばしにしても大丈夫ならば深刻なものではないのかもしれないと思ったり、複雑な思いで1ヶ月を過ごしました。

その前から続いていた腹痛や胃腸の不調も気になっていたので、次に内科に行きました。問診と触診の結果、血液検査と大腸ガン検査、腹部エコー検査をすることになりました。腹部エコーは2週間後にしか予約を入れられなかったので、数日後、血液検査の結果を聞きに行きました。貧血、内臓の炎症、腎臓、肝臓、すい臓などの癌マーカーすべての数値に関して異常なし、大腸ガン検査の結果も便潜血(−)で異常なし、との診断が下りました。2週間後の腹部エコー検査では、内科的には臓器に異常なし、ただ子宮か卵巣に腫れが認められるので婦人科に行くように勧められました。

翌週、以前お世話になっていたけれど別の病院に移った女医さんをネットで発見して、意外と近いところだったので新しいウィメンズクリニックに行ってみました。婦人科については、この10年くらいずっと下腹部に痛いところがあり、セカンドオピニオンを求めて3つの病院を渡り歩いていました。最初の病院で子宮筋腫が発見され、その経過観察も兼ねていました。今回も痛みの原因が知りたかったのもあって違う病院に行ってみたのですが、お世話になった女医さんとは違う先生だったにも関わらずまた同じ診断結果でした。

その結果とは・・・超音波検査の結果、内科での腹部エコーや血液検査の結果、問診の結果などを合わせて考えると、特に心配なところはない。筋腫も大きくなっていない。更年期障害でもない。痛みの原因は、生理と痛い日の関係を調べたらわかると思うけれど、それがたとえば排卵痛だったとしても、痛いときに鎮痛剤を飲んでおさまるなら飲めばいい・・・痛み止めが効くならば、心配な痛みではないという結論なのです。

納得できない気持ちは消えませんが、これで4つの病院で同じことを言われたことになるので、もう仕方ないのかなと思います。その日、ついでに検査した子宮頸ガンの結果も異常なしだったし、痛いことにあまりとらわれずに痛み止めを飲んで過ごせばいいのかな、と。

そして、昨日。一番、恐怖だった脳外科の血管の検査がありました。首のエコーとMRAの結果、首の右側の血管の一部が若干狭くなっており動脈硬化が起きているけれども、太い脳血管は問題がない。最初のMRIで見つかった脳梗塞は、数千本もある毛細血管に動脈硬化が影響したものだろう。現段階では特に心配する必要はないから、バランスのとれた食生活と十分な睡眠と適度な運動をして、ストレスを上手にコントロールするようにといわれました。それから、タバコの煙は脳血管に一番よくないから、受動喫煙の環境は可能な限り避けるように注意されました。

脳外科で18000円、内科で10000円、婦人科で4000円・・・ギリギリの生活の中で痛い出費でしたが、今の段階で体の中には何も悪いものは潜んでいないことがハッキリしました。昨日のこの結果をもって、今までの古い自分から卒業し、新しく生きていこうと決意しました。これまで以上に元気出して前進していきたいと思います。というわけで、昨日(4月4日)は私の人生の一区切り、卒業式みたいなものでした。

さ、まずは医療保険に入らなきゃ・・・!!!
  • - | - | - | - |

2009.04.05 Sunday 20:49

希望の確率

教会で、礼拝が終わる後奏のとき、機関紙に書かれた文章を読んで思わず涙がこぼれました。今の私の心に、とても響くものでした。私と同じ心境や環境に置かれている人が、少しでも勇気付けられたらと思い、転載します。


「希望の確率」

幼い頃の夢が実現する確率というのは、3%らしい。ふと、そのようなことを小耳にはさみました。3%、100人に3人。30人程度のクラスメイトがいたとして、1人いるかいないか、というところでしょうか。

もちろん、成長していくにつれてまた別の夢が生まれてきて……ということもありますから、一概にはどうとも言えません。しかしそれでも、おそらく90%以上の人は、幼いころ夢に描いていた自分とはちがう人生を送っている計算になります。

幼いころの夢を持ちつづけて実現させるという、その意志の力は本当に貴いものだと思います。しかしわたしたちが人生を歩む中で、何かをあきらめなければならないことが決して少なくないのもまた、事実です。

ある目標に向かって進んでいたはずが、気がつくと思っても見なかった場所にいることがあります。夢を追い続けることを状況が許さないことがあり、また、努力したのだけれども、どうしても届かないことがある。人生思うようにはいかないというのは充分わかっているつもりなのだけれども、理想と現実の差に苦しみ、立ち止まってしまう。大なり小なり、そのような経験は誰にでもあるのではないかと思うのです。

しかし、泣く泣く夢をあきらめて別の道に進んだ、けれどもその道こそ自分の天職だった、ということだってあります。華やかなプロスポーツ選手になりたかった、けれども実際についたのは希望とは違う、目立たない裏方の仕事だった。けれども裏方がいなければ、試合は成り立たないのです。
人生思うとおりにいかないことがある、いやむしろ、思うとおりにならないことの方が多いかもしれません。しかしそこで、ただむやみに理想ばかりを見るのではなく、立ちどまってもう一度、今いる場所を見直してみる。するとそこで新しく、見えてくるものがあるかもしれません。そこで生きがいを見出し、そこにとどまるという道もあり、もちろんそこから一発逆転を目指して夢を追い求める道もある。選択肢はいくつもあります。しかしどの道を選ぶにせよ、まず立ちどまって、深呼吸。そこから見えてくるものが、きっとあるはずです。

新しい季節が始まります。これからもまた、理想と現実の差に悩むことはあるのでしょう。思いがけないできごとに、まったく違う方向へと背中を押されて戸惑うこともあるのでしょう。しかしそこで「世の中、思い通りにならない」と嘆くより、今いるところでいったん立ちどまり、いま何ができるか、自分はどうしたいのか、今の自分の役割は何か、と「到達したところに基づいて」考え、問いかけながら歩んでいく。そのような歩みもまた、楽しいものとなるかもしれません。祈っています。どうぞ、良い人生の旅を!
Aki
  • - | - | - | - |

2009.04.03 Friday 00:03

アコルト再び

アコルトというのは、以前、私がチェリストだった頃(笑)に結成していたチェロ・カルテット。同門のお嬢様4人がメンバーでした。あ、いや、お嬢様は3人、それと私。出会った当時はみんな独身で、一番若いのなんて、もしかして大学生だったりした???

この10年の間にそれぞれ生活環境が変化して、全員が結婚、そして私以外の家庭にはみんな子どもが生まれました。そして1人はご主人の仕事の都合で埼玉へ引越し、私は一身上の都合でチェロを封印して、アコルトは事実上、解散となりました。

それが、なぜ「アコルト再び」なのか?

前出の一番若いのが2人目の赤ちゃんを出産したとの報告が入り、さらに埼玉在住の子が里帰り中というタイミングを逃すな!ということで、出産祝いにみんなで集っちゃおう!となったわけです。

3人のメンバーがそれぞれ2人の子連れで、外で会うのも大変なので、出産して退院したばかりの子のマンションに押しかけることにしました。続々と集る懐かしい顔と、ちょっと見ないうちに大きくなっている子どもたち。マンションの部屋は、6才、5才、3才、2才、1才、0才(詳しくはシラナイ)と行儀良く順番に並んだ子どもたちで保育所のようになりました。

アコルトは全員♀。6人の子どものうち4人が♀。埼玉からの5才と生まれたばかりの赤ちゃんが♂・・・見事に女だらけ。女子、強し(笑)。

2時間ほどの短い時間でしたが、お互いに近況を報告し合い、メンバーの一人が作ってきてくれたオニギリと、もう一人が買ってきてくれたミスドを食べながら、楽しいひと時を過ごせたことはとても嬉しかったです。

もう少しこの子どもたちが大きくなって親の手を離れて行き、私もいろいろと生活を整理して時間を作れるようになったら、きっとまたアコルトは活動を再開できると信じています。それまでに、ちゃんとリハビリしておかないと・・・・。


こうして、気の置けない仲間たちと小さな子どもたちに、エネルギーをもらって仕事に出かけました。みんな、ありがとう。また会えるのを楽しみにしているね。

akkord
かろうじてメンバー4人と、組み合わせはバラバラだったり、隣の部屋で遊んでいるのがいたりするけど子どもが6人の集合写真です。
  • - | - | - | - |

2009.04.01 Wednesday 02:16

嬉しいニュース

昨年の今ごろ、私は講師から教室長になり、春の三者面談を初体験していました。そのトップバッターが、その3月の公立高入試に失敗した兄をもつ新中3生の妹Yでした。面談にはお父様がいらっしゃいました。

ただでさえ緊張しているのに、お母様じゃなくてお父様。しかも、入ってくるなりその顔は怒りに満ち、Yをやめさせるつもりで面談にいらっしゃったことは、お話しぶりからすぐにわかりました。兄にかけた金はドブに捨てたようなものだ、こんなに通わせているのに結果がこれじゃどうしようもない、Yの点数だって全然あがらないのはどういうことなのか理解できない、勉強してもこんな点数しかとれないなんてあり得ない・・・。

そう話されるお父様の気持ちもよくわかり、申し訳ない気持ちでいっぱいになりましたが、Y本人の「塾で勉強したい」という気持ちは面談の前にマナが聞いていてくれたので、本人からもお父様に気持ちを伝えてもらい、私からは指導科目を変更することと家庭学習を管理していくことで、もう少し様子をみてもらえないかとお願いしました。

翌日、お父様からお電話をいただき、「先生の言う通り、もう少し様子をみてみます」と継続が決まったときにはとても嬉しかったのと同時に「成績をあげなくては・・・」という大きな責任をずっしりと感じたのでした。

一連の保護者さまとの面談を通して、さまざまな経済状況の中でやりくりをして塾に通わせてくださっている「親の思い」というのを知ることができ、それを講師と共有することで常に毎日の1コマ1コマがさらに真剣勝負になりました。

定期テストのたびに「評定で2がついたら塾をやめさせられる」というYに対して必死の授業を展開しているうちに、教室全体が授業に対する集中力と程よい緊張感に包まれて、それは一種の感動でした。

その教室が去年の8月いっぱいで統合移転となり、Yは別の新規開校の教室に移籍となりました。そのYに数学を教えるために、マナは週1回、その教室に派遣され、体験授業もこなして生徒獲得にも貢献していました。私もYのことが気になって、何度も顔を見に行っていました。

そんなある日、「Yが塾をやめたいと言っている」という情報が耳に入ったので慌てて事情を聞きに行ってみると、「仲の良い友達の通っている方の教室に移りたい」とのこと。通うのに倍以上も時間がかかる距離だったため、近い方の教室を勧めたのですが、結果的に寂しい思いをさせてしまったようでした。

それからは、私も何回か授業を担当することができたし、それ以外はほとんどマナが受験まで面倒をみてくれました。そして迎えた入試シーズン。まず、私立に合格してくれたのでホッとしつつも、第一志望はやはり公立。ご両親は「無理をしないで入れるところに行けばいい」とあまりYに期待はしていなかったのですが、本人は最後まで公立を諦めずにがんばってくれたので、こちらとしても合格させてあげたいと祈るような気持ちで合格発表を見てみると・・・・「あった!合格だ!!!やったー!!」

これだけでも充分に嬉しいニュースではあるのですが、なんとその妹が塾に通ってきてくれるかもしれないという大ニュースが、今日になって舞い込んできたのです。Yが最初に移籍した教室に、お母様から問い合わせがあったとのこと。1年前、やめさせたいと思うほど塾に対して不信感があったご家庭から、妹を通わせたいと思えるところまで信頼を回復できたんだと思うと、飛び上がりたいほど嬉しいニュースでした。

Yを公立高校に合格させたのは、Y自身の努力とマナを始めとする講師たちの情熱とチームワークです。この成功体験を大事にして、これからも嬉しいニュースをいっぱい聞けるように前に進んで行きたいですね。

この春、去年にはなかった問い合わせの動きが出てきています。毎日が、1コマ1コマが真剣勝負。常に忘れてはいけない、大切なことをコツコツと積み重ねて、たくさんの生徒が夢と希望をかなえられるように、私は販促と教務の両面からあちこちの教室をサポートしていきたいと思っています。
  • - | - | - | - |

2009.03.15 Sunday 00:56

96才の親友が天国に召されました

久々の更新です。なんだかいろいろなことがありすぎて、書ける状況じゃなかったし、まだ書けないことがいっぱいあるのですが、どうしても書いておかねばならない出来事があったので書いておきます。


このブログに何回か登場していた私の96歳の親友・愛ちゃんが、3月13日(金)午前3時45分、神愛園のお部屋で亡くなりました。この時刻は、厚別北にお住まいのドクターが駆けつけて死亡確認をした時刻で、私と母が施設からの連絡を受けて到着した2時半にはすでに永遠の眠りについたあとでした。当直の若いワーカーさんの話では、見回りに行った2時くらいに少し呼吸が乱れ、5分後くらいに静かに息を引き取ったという話です。だから、施設から家が近いために他のどなたよりも早く愛ちゃんのお部屋に入った私たちが触れたとき、愛ちゃんはまだあたたかでした。

この数ヶ月、どんなに天気が悪くても毎日施設に通った母は、数時間前に「また明日も来るから、待っててね」といういつもの約束を愛ちゃんと交わしたばかりでした。愛ちゃんは「うん、うん、うん」と3回頷いて見送ってくれたそうです。もう呼んでも目を開けてくれない愛ちゃんに、「待ってるって約束したのに」と母は何度もつぶやきました。でも、愛ちゃんが一刻も早く永遠の眠りにつき、天国で待っているお連れ合いやお父さんやお母さんに会いたがっていたことを知っていたので、そのあまりに安らかな顔を母親のような目でずっと見つめていました。

自分も足が痛いのに、その痛みを抑えるための強い薬でふらつきながらもバスに乗って施設に通い続けた母が、喪失感から落ち込まないかと心配しています。ただ幸いなことに、この施設通いで母が築いたものは愛ちゃんや愛ちゃんの家族との親しい関係だけでなく、施設の職員さんたちとの心の触れ合いだったようです。今日の告別式に参列した職員さんたちが母を抱きしめて、「また来てくれるのをみんなで待っているからね」と言ってくださいました。

加えて、愛ちゃんの隣室のおばあちゃまたちもまた母を待っていると思います。私がたまに一緒に行くと、母は何人ものおばあちゃまたちに笑顔で親しく声をかけ、おばあちゃまたちも嬉しそうに応えていました。私は「こんにちは」と挨拶するのが精一杯で、それ以上の距離を縮めることなど不可能な性格。こういうとき、つくづく私と母の性格の違いを感じるのでした。

落ち着いたら、職員さんと教会の仲間とおばあちゃまたちの待つ施設に、週1回でも行けるようになればいいな、と願っています。





余談ですが、12日の夜にパソコンで確定申告書作りを初体験。完成したのが13日の午前2時で、早く寝なくてはと布団に入ってもなかなか眠れずにいた30分後に施設からの電話で出かけ、5時半に斎場から迎えに来るまで施設にいて6時ちかくに帰宅。その日は中学校の卒業式で、塾生の晴れ舞台をお祝いするため8時半には家を出ることになっていました。帰宅後も半ば興奮状態の母とお茶を飲みながら愛ちゃんの話をしているうちに7時を過ぎ、それから寝ても起きられる自信がなかったため韓国ドラマのビデオを見ながら起きていて、結局一睡もせずに出かけました。



40過ぎて完徹はやめた方がいいですね。ってか、無理(苦笑)。授業中に幾度となく意識なくなってましたもん・・・。
  • - | - | - | - |

2008.12.05 Friday 01:50

外は台風か?と思うほどの強い風が吹いています。嵐です。

今日は塾で「お誕生日おめでとー」の嵐でした。

最近、急になついてきた中2のYU佳は、私の顔を見るたび「ふざけてるしょ?」と聞いてきます。「いや、ふざけてませんて。ものすごく真剣に仕事してるでしょーが!」と言い返すのですが、次に近くを通ると「なに、遊んでるの?」・・・と。今日は、そういう代わりに百回くらい「お誕生日おめでとー」と言ってくれました。そして、ポッキーを1本、プレゼントしてくれました。いい子だ。たぶん。

授業がないのに販促部長としての任務を果たしにやってきたぼたもち。えらい。彼もまた「お誕生日おめでとー」と何度も言ってくれました。そして、「一つ年をとった感想は?」と聞かれたんですが・・・。

年をとると誕生日なんて嬉しくないとか、年はとりたくない、女性に年齢を聞くなんて失礼だ、などとよく聞きます。でも、私は誕生日は素直に嬉しいし、年をとることに抵抗はないし、自分が43才であることを隠したいとも思ってないんですってば。とりあえず、人並みに抵抗するようなリアクションしてみることもあるけれど、単純に誕生日を迎えられたことを嬉しく思っているわけです。だって、「おめでとう」って言ってもらうのは文句なしに嬉しいじゃない???

というわけで、メール、または直接、「おめでとう」を伝えてくれた皆様、ありがとうございました!!

ケーキ
母がシャトレーゼで買ってきてくれたケーキです。

その他、プレゼントリストはまた後日公開予定。いつになるかは未定。さ、明日は会議だぁ!
  • - | - | - | - |

2008.12.04 Thursday 01:51

43才だもんね

43才の誕生日は、カラオケでマナに「Happy Happy Birthday」を歌ってもらって始まりました。あと、ジブリのメドレーも歌ってもらいました。「風の谷のナウシカ」を歌い上げて「かっこいい、今の歌い方がかっこいい」と自画自賛していました。

ははは・・・。

NHK朝ドラの主題歌「縁の糸」と、一昔前に流行った「恋の嵐」はそっくりだと思います。毎朝、テレビを見ながら「似てるなぁ」と思っていましたが、今日、2曲続けて歌ってみて確信しました。




おやすみなさい。
  • - | - | - | - |

<<new | 2 / 52pages | old>>
 
CALENDAR
NEW ENTRY
ARCHIVES
CATEGORY
COMMENT
TRACKBACK
PROFILE
MOBILE
LINK
RECOMMEND
SEARCH
OTHER

(C) 2020 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.